張飛の妻

張飛の妻”と聞いただけで爆笑しちゃう、もはや言葉自体がギャグ
落差の激しさ、イメージの相反、その最たるもの。

 

 

ケダモノ張飛 13歳の美少女・夏侯氏

 

 


あり得ないものと、あり得ないものが、異なる属性を越えてくっつく。

 

ワイルドじゃないスギちゃんが言う、「ワイルドだろぅ?」
超剛速球で知られる投手が投げた、まさかのスローカーブ
醜男の、美声
美女の、大食い
イケメン斉藤工が本気でやりきった、サンシャイン池崎ネタ
張飛の、妻

 

ほら、違和感なし。


張飛の嫁、としてもギャップ萌えしちゃうし、
張飛の妃、と来たら馬鹿馬鹿しく、
張飛の女、となると急にドロドロした欲望を感じる。

 

 

時代が経ちすぎて、当の張飛本人にも角が立たなくなった今、
張飛の妻、という言葉は誰もが笑って遊べるパワーワード

 

「あんなゴリラ男に、妻なんているわけないでしょ!」

 

僕たちはこの言葉の意外性・インパクトを愛しているのだ。

 

奈良の大仏の大きさ

奈良の大仏の大きさを想う時、真っ先に思い浮かべるのは、聖武天皇のこと。

身長が14.98mもある奈良の大仏、そんな大きさを最初に企画するのはもう常識はずれの行動。
当時は8世紀、特別便利な道具もない中で14.98mもの大きさの大仏を造れと命じるなんて。
途方もないムリなんだ、全てが手作業、人力で賄うのだから、その作業量と費用ときたら、物凄いこと。

1,300年前からこの大きさで、奈良大仏は大仏殿に鎮座しているのですよ!

僕たちが今、修学旅行や大人の遠足で奈良公園を訪れ、
ふーん、どうせ奈良の大仏だって大きな工場で機械がポンポン造ってくれるのだろう
って考えたとしたら、大きな間違い。
 

 

奈良の大仏の大きさ

 


8世紀の奈良大仏造立当時、発案者の聖武天皇は民衆から責められている。
奈良大仏の造立命令が、財政を圧迫し、民衆に無駄な労働を強いている、と。

ちょうどその頃には大きな疫病が流行し、大小様々な内戦に民衆は苦しめられていた。
聖武天皇はそんな時だからこそ、民衆を救済したいという思いを込めて奈良の大仏を造ったのだろうが、
民衆は先じゃなくて今を救って欲しい、と思うのも当然のこと。

全国の国分寺のトップを東大寺にして、全ての苦しみから解き放ってくれる存在を造る、
それは聖武天皇なりに必死な願いを込めたのが奈良大仏、だからあの大きさになったのだろうが、
評価されたのはずっと後のこと、造った当時としては無駄な公共工事。


奈良大仏の大きさ14.98mには、聖武天皇の切実な想いが詰まっている
大仏殿を訪れるとき、君もそんなことを思い浮かべながら歩いて欲しい。

遠い昔の遺産、造った当時の判断は正しいか分からないが、
その遺産を1,300年守ってきた日本人の心は美しいものだから。

 

東大寺大仏殿 奈良の大仏開眼式

今日は東大寺大仏殿で、奈良の大仏開眼セレモニーに行ってきた。

西暦752年4月9日のこと、忘れられない記憶だからこうして日記に残しておこう。


奈良の大仏の大きさには「驚き」以外の言葉が見当たらないよ。

身長15mの仏像を造り上げた仏師たちの仕事振りに無数の拍手を送っておいた。

お披露目された奈良の大仏は、全身に黄金色をまとい、極楽浄土を体現していたんだ。

きっと1,000年後には色が落ちていることだろうが、新品の奈良の大仏はゴールドに輝いていた。


奈良大仏写真


奈良の大仏開眼セレモニーも、ぶっ飛んだイベントだった。

何しろ全国から1万人もの僧たちが集まったのだから。

東大寺大仏殿の横幅が凄かった、1,000年後には焼失等で間口の横幅が2/3程度に縮小されると予想するが、

創建したばかりの東大寺大仏殿は、どの城郭よりも立派で、美しく、ありがたいもの。


それもこれも聖武天皇の絶対権限によるものだ、こんな建造物は後にも先にも数多くはない。

他に比を見ない大きさの奈良の大仏、本当にこれで全国に平和と豊作が訪れるような気になった。


超高層タワーマンションとか、等身大ガンダムとかがない時代に造られた奈良の大仏。

その大きさは時代の最先端、先進国である中国にもない驚異の技術。

5丈3尺5寸=16メートル、という奈良の大仏の大きさ、その大仏開眼セレモニーの日記だよ。